人は頑張る時、目標を持ってそこを目指して頑張ります。。受験も終わりが決まっているし、頑張るとは、結果がどうあれ期間限定な訳です。
終わりまで頑張れ。。という事でしょうか。。
または期間が決まっているからこそ頑張れる。
以前テレビを見ていたら、ある修行僧が、山に7年だか籠もっていたのだとか。。誰も成し遂げた事のない厳しい修行を成し遂げたそうです。。
これも終わりがある訳です。
終わりまで頑張った訳ですね。
そういう修行をした人は、人間の次元が上がったのでしょうか?
本当に人間を成長させるのは、終わりの無い修行ではないでしょうか?
頂上が見えている山の登り方と、頂上が見えない山の登り方は違うと思いませんか?
頂上が見えている山登りは、頂上にいかに早く登るか。。出来るだけ休憩をせずに、最短コースで登ろうとするでしょう。。頂上に登ることが目的ですから。。
そして頂上を見ながら登るでしょう。。
では頂上が見えない山登り、または頂上の無い山登りはどうでしょう。
頂上がないなら、焦っても仕方ない。ならば今を味わい、一歩、一歩を楽しもう。。と思うのではないでしょうか? そして、足元を一歩、一歩を見るのではないでしょうか?
旅行先で、1時間に一本しかないバスが、行ってしまったばかりだった時、明らめて、その付近を楽しく散策しますよね。。焦ること、急ぐことを明らめたとき、人は、本来の自分を取り戻します。今に目が向き、今を楽しみ始めます。
自分に、大きな目標を課し、それに邁進する終わりのある修行も修行なら、終わりの無い、毎日の予期せぬ出来事に向き合い、味わいながら、1日1日を、大切に気付きの1日として過ごす毎日。。これも修行です。
1日に対する一期一会とも言えます。。
本当の人の在り方とは、後者である気がしてなりません。
期間を決めて頑張る生き方。。そして終わりの無い、つまり目的や目標に囚われすぎるのではなく、毎日さんが、与えてくれる、予期せぬクイズに向き合い。。解いていく毎日の繰り返し。。足元を一歩一歩見ながら歩く。。地に足が着いてるとはこの事です。
相撲の一番、一番にも近いですね。。
それを繰り返して生きる毎日の10年の方が、自分が予想もしない10年後になってる気がします。
一昔前の、郵便局の定額貯金みたいに、気がついたらどえらい増えてるやん。。みたいな。。
どうでしょう。。終わりの無い修行。。
目標を決めて邁進する生き方は、直線的です。。長方形です。角があります
一歩一歩進む生き方は、円状に魂が拡がっていく。。円です。角がありません
見た目上は、長方形の人の方が大物に見えるかもしれませんが、凄いかもしれませんが、人として大きくなるには、やはり、一歩一歩です。
目標に邁進して達成した大物さんが、大きな外車に乗り、我が者顔で、傲慢な運転をする姿。。皆さん見たことありますよね!角があります。
逆に、学生時代に自動車免許を取りに行ってる時、教えてくださった、元タクシーの運転手だという教官。。感じた事のない、何とも言えない優しさ。。奥深さに大好きになってしまい。。結果を出した人しか認めない。。という世間の風潮に、疑問を持った瞬間でした。今までこんな優しい人に出会った事が無かったのです。
角がないのです。凄い事と、素敵な事は違います。
どうしても人に評価される為には、凄い人にならなければなりません。。
だから、評価の為に、自分を見失いながらも頑張ってしまう。。
そういう人が成功者となれば、乱暴な運転をして煽る訳です。
素敵は、目には見えにくいものです。。でも素敵な人との出会いは、自分を成長させます。