親方時代の貴乃花が、電話で☎️弟子にアドバイスする言葉が美しい。。
「汚い仕事ほどきれいなものはないぞ!」
若いうちは、汚い仕事を、喜んでやれと。。
汚い仕事ほど、綺麗なものはない。。と、知るだろう。。
この言葉響くでしょう?
今、岡崎市伊賀八幡宮の、蓮の花が綺麗です。。
蓮の花は、泥の中に咲く綺麗な花です。。
そして、お釈迦さんの仏像は、蓮の🪷花の上に鎮座している。。
イエスキリストが、十字架☦️が象徴である様に。。
お釈迦さんは、泥の中に咲く蓮🪷の花の上に鎮座する姿が象徴です。。
お釈迦さんの像が伝えたい事は、、
貴乃花と同じでしょ!
汚い仕事ほどきれいなものはない。。
汚れた泥からでも綺麗な花は咲くのだ。。
環境によって、幸、不幸が決まるのではない。。
泥の中にこそ真の幸福がある。。
それは言い換えれば、、環境に左右されない自分の心の中にこそ、。幸福があるのだという事。。
環境で決まるのではないという事。。
僕はいつも言います。。
目の前にある事を、好き嫌い、綺麗、汚いという区別を超えて、まずは一所懸命やってみよう、。
すると、、汚い仕事の中にこそ、真の心地いい幸福がある事が見えてくる。。
誰でもそういう経験があるはずです。。
修行僧がお寺を掃除🧹するのもそうでしょう、
自分に都合のいい事だけ選択して行う事は、フリーであるが、真の自由ではありません。。
むしろ都合の悪い事に真摯に、面白がって取り組む事で。。集中できた時に、その都合が消え。。
魂の喜びだけが残るのです。
貴乃花の言いたい事は、そういう事だと思うんです。。
自分に都合のいい事だけやってても、、自分の都合、。という殻は脱ぎ捨てられない、。
いつまでも肉体的な欲望の世界の殻を出られない、。
自分に都合の悪い事に取り組む事で、都合を忘れ、、汚い仕事に中にこそ、都合を超えた魂の歓喜が現れてくるのです、。。魂の世界へ昇華できるのです。
世の中の貧乏くじを引いた皆さま。。
それは幸いです。。。
なんで俺が。。俺だけが。。
違います、、あなたに必要な経験だから、あなたに必然的に回向されているのです。
「あなたのその都合という殻を脱ぎ捨てなさい」
そういう経験が来てるだけ。。
ありがたく受け入れて、自分に都合の悪い事に、一所懸命取り組んでください、、
都合が消えれば、汚いも消えるのです。。
「汚い仕事ほどきれいなものはない。。」
貴乃花は、弟子に、「どぶさらいを喜んでさせてもらえ。。
どぶさらいなんて、ドブに手を突っ込むだけだろ。。」
僕も便利屋を30代前半で4年やりました、。
便利屋に依頼される仕事は、きつい😓、汚い、危険な仕事です。。
しかし、それを、一所懸命にやり終えた時の爽快感が気持ち良いのです。。
貴乃花の、汚い仕事ほどきれいなものはないぞ!
この言葉は、便利屋時代を思い出します。。
汚い仕事ばかりでした、。
でも、だからこそ、とても綺麗な気持ちで取り組めるんです。。
いや、きれいな気持ちでしか、汚い仕事はできないとも言える。。
つまり、汚い仕事に、真摯に取り組んでいくと、、心が浄化されていく気持ちよさがあるんです。。
便利屋にはその楽しさがあります。。
とても好きな仕事でした。。
それに気づける事こそ、、真の幸福であり、自由です。。
