心が風邪をひいたなら

川村整体ブログ 野口整体術を、仏教で紐解く

仏教解釈77掴まれてない、掴ませてる

何で俺だけが? 何で俺が?

俺だけ捕まったんだ、。と。。あいつが悪いのに。。

自分だけが貧乏くじを引いた、、ついてないと思うんです。。

しかし本当はそうじゃない。。

僕は20代で整体修行時代、。

整体術と同時に、同じ先生から、合気武術も習っていました。。

 

合気道同様、、下の写真の様に。。腕を掴ませる所から始まる練習が多く。。

まだ脱力下手だった俺は、、腕を掴まれる度に、力が入ってしまい、、つまり抵抗してしまい。。余計自分の心身の自由性を失う感じがして、。とても嫌いな練習でした。。

 

しかし、師匠が、。「掴まれた、。と、思うから固まるんだ、、掴ませたと、思ってみろ!」

やってみた。。掴まれた時に、これは、掴まれたのでは無く、掴ませているのだ。。

と、思うだけで、相手と調和して、自由自在になったのです。。

これは、僕にとって大きな発見で、、

僕の川村整体のホームページにも書いてあります。。

 

この体験から、、僕の、「人生は、抵抗する努力を放棄し、、「受け入れて覚悟する脱力」で、、肉体的執着を手放すと、、魂のままに、あるがままに、、流れるままに。。自由自在に至るのだ、、と、悟ったのです。

合気武術は、それを教えてくれました。。

整体術も同じです。

 

毎日私達に巻き起こる、、自分に不都合な出来事。。嫌な出来事、、

そこに宝があります。。

それに、掴まれた!と、抵抗すれば、余計不自由になるのです、。

私たちはそれをやっている。。

 

しかし。。「これは、魂が掴ませて、受け入れ覚悟させ、脱力させようとしているのだ」
。。そう。。掴ませているのだ。。

と、受け入れて覚悟すれば、、肉体に付随した、自己意識イコール🟰執着に抵抗する努力。。それが苦しみの元になっているのだ、。

と、気づき、それを手放す事ができる、

手放した分だけ、魂のまま、、あるがまま、、流れのままが解る。。

流れるまが一番楽なのです。自然のままですから。。

 

過去を後悔する抵抗、、未来を不安視する抵抗、、

今を未来の目標の手段とすれば、、思い通りにならない怒り💢が起きる。。これも抵抗。。

そこには、肉体に付随した意識、、執着心への抵抗がある。。

今日をそのまま受け入れて覚悟する脱力する、、掴ませたんだ、、掴まれたのではない。。

すると、脱力して我に返り、冷静に自分を見つめる事ができる。。

何に執着し、抵抗しているのかが解る。。

今を、受け入れてられず。。逸脱している自分に気づく、

今を生きる事イコール🟰今を受け入れて覚悟する事、脱力する事。。。。

そこには実は苦しみがない。。

趣味に没頭している時間、、苦しみを忘れるのは、今を受け入れているから。。

今を生きているから、、受け入れているから。。

抵抗すれば、自己意識の世界。。時間の🕞世界。。過去や未来に意識が飛ぶ、、だから後悔や不安が産まれる。。

受け入れれば、覚悟すれば、意識は今に戻って無心となる。

時間が自分と一つになり消える。。つまり過去や未来が消える。。

 

あーこんな執着に抵抗していたのか?

だから苦しかったんだ、、

掴まれた。。と、被害者意識で生きているからだ。。

 

全ての出来事は、自身の魂が、あえて掴ませて受け入れ、覚悟、脱力を促している現象であります。。

そして肉体的執着、執着に抵抗する心を、手放し。。あるがままと、入れ替えなさいと、。

 

毎日は合気道なのです。。

いろんな事象が毎日。。腕を掴んでくる。。

 

しかしその時、、掴まれた、。と思えば抵抗してしまう。。

しかし、掴ませた、。と、思えば、相手は敵ではなくなり、ありがたい練習相手となるのです。

 

これが和かる。。解るという事です。。

分かるとは違うんです。分かるとは分析科学です。。

 

苦しい時、、、そこには肉体的執着と、そこに抵抗する心があります。。

今を掴ませたと、、受け入れ覚悟する事で、、脱力し、我に返り。。どんな執着に抵抗しているかが見えてくる、、そしたらそれは真の自分の心ではないので、自我なので手放す、、

すると、自己意識と、魂のままな心が、真我に入れ替わる。。

 

その毎日なのです。。

仏教の奥義、、煩悩即菩提とはそういう事。。

嫌な事はそのまま、素敵な事に変わる。。