心が風邪をひいたなら

川村整体ブログ 野口整体術を、仏教で紐解く

気とは、パワーではない。。

僕が、冗談で、こんな写真で、、ハンドパワーとか言ってるから。。

気とはパワー。。だと、勘違いしてしまう人がいるんですね。。

先日も、入院前に、常連だった女性👩‍🍼から、、久しぶりの電話問い合わせ。。

 

「先生のパワーを、久しぶりにお願いしたい。。l」

と、でもね、気はパワーじゃないんですね。。力じゃないんです。

 

気とは共鳴力です、、響き合い、繋ぎ合う、作用、、と言って良いでしょう。。

ですから、、パワー..なんて意識を持つと、むしろ、共鳴、繋がり、響き愛を、壊すんです。。

昔の中国気功は、その辺を間違えていたんですね。。

このハンドパワーの写真も、、

手からパワーを出してるんじゃなくて、、

むしろ逆で、、

自己を放棄する、、

自我を大自然に放り投げて、真我、、全体の命をいただき直す、、

その過程で、、自然と、手から、澄んだ気、、澄気が、勝手に放射されるんであって、、

僕、個人の意識で、、

手から気を出そうとか、、思っていないし、、思ったら出ない。。

 

自己限定の命を放り投げる、、「命を捨てざれば命を得ず」大自然の法則と言う大海に、、大空に。

すると、大自然の気が、、水は、自然と低い所に流れるように。。流れ出す。。

そういう物ですね。。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。。」

も、、そう、、気とは、、川村先生個人のパワーではないんです。

命を捨てる、、命を放り投げるイコール🟰命をのりだす(祈り🙏)なのです。

色即是空空即是色、。

自己限定の自分の都合、、と言う自我の命を放棄して、、大自然から、、、空から、真我、全体の命、息吹を頂き直して、その命のままに生きる、、それが、、ただ在る、、私たちの真の姿、、

その真の姿からは、自然に、空からの息吹が吹き渡る、、

そして、皆さんの息吹を呼び水として、勝手に、自然と引き出していく。、

気とはそう言うものです。。自分の真我のロウソク🕯️に火が🔥灯れば、、永遠に♾️分け与えられる、、そして、オーケストラ🪉のように、、響き渡る、、それが真の世界です。。

永遠♾️の世界です。。

 

川村先生に、パワーなどありません。。

パワーとは、力ずくで、相手を変化させようとする力です。。

北風と太陽🌞。。

パワーとは北風であり、、共鳴力とは、太陽🌞です。。

服を👔脱がされるのではなくて、、自ら脱ぎたくなるのです。。

その呼び水💦となるのです、。

自然とそうなる法則の上に乗っているだけ、、ただ在るだけです。。

気とはパワー、、北風じゃない。。

川村先生に、パワーなど無い。。

 

 

引用

「命を捨てざれば命を得ず」は、
「目先の命や小さな執着を捨て去る覚悟を持たなければ、本当の命(精神的な目覚めや永遠の生命)を得ることはできない」という真理を説いた言葉です。
仏教やキリスト教、あるいは武士道など、多くの宗教・哲学において根幹となる教えです。
 
1. 意味の解説
  • 命を捨てる:物理的な肉体の死を意味する場合もありますが、多くは「自己中心的な執着」「我欲」「小さな自己」を捨てることを指します。
  • 命を得る:本当の安らぎ、悟り、仏の慈悲、永遠の生命など、より高次な精神的・霊的な命を得ることを意味します。
つまり、「小さな自分(我)に執着している限り、大きな自己(真の命)には目覚めない」という逆説的な教えです。