心が風邪をひいたなら

川村整体ブログ 

仏教解釈48 有り難みが解る幸福

戦後日本は、アメリカ🇺🇸に守られて、平和ボケです。。。

この、戦後、アメリカ🇺🇸の威を借る狐。。として、不安の無い生活が長く続いてきました。。

 

私達日本人は、いつしか、不安がない毎日が幸福だと、思い込んでしまったのです。。

しかし、本当に不安がないのか?と言えば、。不安なんです。。

ただ、その不安を駆り立てられない。日常にしがみついているだけ。。。

しがみつけているうちはいいが、しがみつく物がなくなった時。。

日本人は、あたふたするはずなんです。。

 

何故なら、不安のかき立てられない、、、、仮の、虎の威を借る狐として、偽の安定、平和の中で生き続けてきたからです。。

不安に対する免疫がないのです。。

ワクチン💉や薬に💊頼りすぎ、何も起きないのが健康だ、。と、勘違いしているのに似ています。。

 

しかし不安のない生活が幸福なのではないのです。

症状が出ないからだが健康ではないのです、。

 

不安のある国の人。。

あるいは、今なら能登の人達。。。

先日、能登の人達の今。。という番組があり、。

ある女性が言いました。。

 

「人がこんなに優しいんだと、始めて思いました!」

そうなんです。。

 

人は、痛みを知っているから人に優しくできるんです。。

痛みとは、終わりのない不安な毎日を送る事、。から感じ取れる勉強です。。

 

能登のこの女性は、平和ボケの日本で。。不安のない日常を送ってきた。。

平和だと思っていた。。幸福だと思っていた。。

しかし、能登の地震で、通常の生活ができなくなり。。不安な毎日。。

しかし、誰もがその痛みの中で、、思いやりが産まれ。。。

自分だけ良ければ良い。。と、各々が思っていた平和ボケな毎日よりも。。

生活は不自由にはなったが、、人の痛みが分かり、人の優しさ、、有り難みがわかった。。

みんないっしょだよ。。。抜け駆けなんて、誰も考えてないよ!

「人がこんなに優しいとは思わなかった、。」

そのセリフを、見たところ60代の女性が、初めて口にした訳です。。

 

さあ、、この女性は、本当の幸福を知ったのです。

平和ボケな毎日では気付けない幸福です。

 

仏教では。。ありがとう😭とは、有り難い。。という事。。

 

在る事が難しいという事です。。

平和ボケな日常は、本当は幸福ではないのです、l

何故? 人の有り難みが感じられないから。、当たり前すぎて、全部自分の力で生きている気がして、。だからこそわがままに、悪さをできる。。

国民の税金で、公共工事のおじさんが、敷いてくれた綺麗な道路で。。オートバイメーカーや車のメーカーのおじさんが作ってくれたバイクや、車で、道路を我が物顔で暴走する。。暴走族。。

 

これは、道路の有り難み、、オートバイ、車の有り難みを知らないからでしょう?

人は、人の有り難みが分かると、悪さを止めるものです。。

分からないから悪さをするのです。

 

仏教では、内観法という自分のこころを調べる🔎行があります。。

奈良に当時道場があり、、28歳時、、僕もその道場に行き、3日ほど行を行いました、。

やる事は、閉所の中で、ただただ、、子供の頃から、両親にしてもらった事を思い出していく行です。。

それを、担当のひとが、時々聞きにきてくれる。。

これを一年ずつ思い出していくのです。。

 

すると、両親の愛情を受けていた事に気づき、有り難みが分かる。。

すると、両親に、「なんで俺を産んだ、、産んでくれと頼んだ覚えはない。。」

なんて、憎まれ口をたたき、反抗してきた事を申し訳ないと感じる、。それで。。

嫌いだった両親は兄弟との関係性が変わるという行です、

 

内観法は、昭和時代は刑務所でも取り入れられていて。。l

鹿児島指宿の、ヤクザの親分が、橋口さんと言います。。

刑務所で、内観法の本を📕読み、。一年ずつ母にしてもらった事を思い出す。l

 

すると涙が😢出てきて、。申し訳ない。。俺が思い上がっていた。。

母は俺を愛してくれていた。。

それに今。。気づいた。。

 

と、、出所後、覚悟を決めてヤクザを止める。。

それで、リアカーで醤油を売り歩いたり、車の修理工場を始めて。。

働いた。。

 

しかし地元の人は、中々信用してくれないが、。

どうやら本気らしいと、、地元の人達に応援され、。PTAの会長にまで選出される。。

 

その後は、刑務所慰問として、全国の刑務所を回った。。

この橋口さんは、真の幸福を知ったのです。。

私達は、何も起きない日常。。不安のない毎日が幸福だと思い込み、何か

非日常が起きる事。。不安が掻き立てられる生活になる事を恐れる。。

 

でも、人間の真の幸福とは、、むしろ、都合の悪い非日常が起きる事で、不安になる事。。

それをきっかけとして、人の痛みを知り、人に優しさを施せるようになり、また、他人だった人までもが、打算のない優しさを施してくれる。。

 

人間とはこんなに優しいんだと始めて思った。。

人の有り難みを知る事。。l

心のありがとう😊を知る事こそ、、人間に与えられた真の幸福で在ると。。

ならば恐る事はないのです、

皆さんに巻き起こる不都合とは。。皆さんに、人の有り難みに気づかさる出来事なのです。

当たり前ではないのです、lお陰様なのです。

毎日お陰様で、という気持ちで生きられる事こそ、幸福なのです。

人々に生かされて、大自然の恵みに生かされ、神仏(宇宙エネルギー)に生かされているのです