心が風邪をひいたなら

川村整体ブログ 

一休さんが出した、なぞなぞ。。

 

皆さんが、アニメでご存知の一休さんが、村人に出したというなぞなぞ。。

 

引用。。。

 

室町時代の禅僧に「一休宗純(いっきゅうそうじゅん)」という方がいました。

 

とんちの一休さん」でおなじみの、あの一休さんです。

 

ある時、旅をしていた一休さん。

 

村に立ち寄ると、そこで「ぐにゃぐにゃに曲がりくねった松」を見つけます。

 

一休さんは村人たちを集めて言いました。

 

この曲がりくねった松をまっすぐに見たものに、褒美をとらせよう

 

それを聞いた村人たち、「やった、褒美がもらえるぞ!」と、

 

なんとかして曲がった松をまっすぐに見ようと、知恵をしぼります。

 

片目をつぶって見てみる者、

 

股の間から顔を出して見てみる者、

 

寝っ転がって見てみる者、

 

近づいて見る者、

 

遠ざかって見る者、

 

村人たちはさまざまな方法を試しますが、誰一人、松をまっすぐに見ることはできませんでした。

 

そうこうしていると、大人たちが騒がしいのを聞きつけて、村の子供たちがやってきます。

 

そして、子供の一人が、曲がりくねった松を指さして言いました。

 

 

うわー、この松、めちゃくちゃ曲がってるね!

 

 

それを聞いた一休さんは、

 

 

見事! これがまっすぐに見るということじゃ

 

 

と、その子供を大いに褒めたそうです。

 

 

 

 

人間は、つい先入観や思い込みで、物事を考えてしまいます。

 

そういう「凝り固まった思考にとらわれるな」と、一休さんはこの話で教えてくれているのです。

 

曲がった松をまっすぐに見ることはできません。

しかし、まっすぐに見ることはできるのです。

 

思考に惑わされてはいけません。

 

皆さんも物事を「まっすぐ」に見られるようになりましょう。

 

それが、仏さまに近づく第一歩になるのです。

 

引用終わり。。。

 

善と悪を分たり、健康と病気でわけたり、良い悪いを分たり、基準があるから分けられる。。いわゆる基準思考が、囚われなんです。。

一度身につけてしまったサングラス🕶️。。。

私達は、何重にもサングラスをしているのです。

知らない間に。。

 

そのサングラスは、基準値と言えるでしょう。。

基準値を再び外していこうという事。。

サングラスを外してみようという事です。。

曲がっている松は曲がっている。。それで良い。。

松の自由です。

 

ありのままに受け止める。。受け入れる事。。

 

それこそ、真っ直ぐに見る事です👀。

 

バカボンのパパの口癖。。「これでいいのだ」は、実は深いんです。

これで良いからこうなのだ。。だからこれで良い。。

この境地が見えてくるのが、悟りの入り口と言える🚪でしょう。。

これじゃいけないと、焦る気持ちは、実は、流水プールを、流れに逆らって泳ぎ、対岸に到達しようとする迷いです。。

 

今、ここは、これでいいのだ。。から始まるのです。

 

子供はそうでしょ?

真っ直ぐに見よう。という思考。つまり、最後に〜〜しよう。。と語尾がつく思考は全て迷いです。

 

これは、20代で整体の勉強を始めた頃、先輩から頂いた言葉です。

今でも、迷い苦しんだ時は、自分の心の中の、〜〜しようを見つけ、手放すのです。

例えば、自分を良く見せようとか。。。自分は、こうであらねばならない。。とか!

 

皆さんもやると良い。。

何を捨てれば良いかわからないんです!

というお客さんがいます。。

〜〜しようを捨てれば、〜〜〜であらねばならないを捨てれば。。本当はこうしたい。。という魂の声が聴こえてきます。

その声に従うのが一番楽です。

それが自分の波に🌊乗る、波乗りです。

大乗仏教です。。

 

大きな乗り物。。船に🚢もう一度、皆で乗るのです。