自分が間違えている事に気づくにはどうしたらいいでしょうか?
間違えてるとは、言い換えれば、分かっているつもりで、実は解っていない事に気づく事。。です。
例えば、僕は、10年ぶりぐらいにiPhoneを中古で購入し、スマホバーコード決済を初めて体験したのです。。
YouTubeで、散々勉強して、よし分かった。。と、近くの行きつけのファミリーマートで、初体験。。
そこで、コンビニのおばちゃんに、色々アドバイスを頂いて、やっと使えるようになったのです。。
行きつけのコンビニなので、顔見知りだし、間違えても構わないし、おばちゃん達も、もっと皆さんはこういう風に使っているよ!
と、アドバイスしてくれる。。実にありがたいのです。
学校で、勉強した事、通信の資格を取っても、それは知っただけで、分かったつもりなだけ。
それではまだ成長、進化は起きていません。。
英語が最たるものですよね。。日本人は、中学から大学まで英語を学んでいるのに聞けないし、喋れないのです。。
それで、身体を使って間違えてみる。。
間違いに気づくには、現場で行動に起こしてみないと解らないのです。。
自転車の乗り方を教えて貰っても、乗れなければ解っていないし、乗れる様になれば、それは解ったという証拠になるんです。
行動に起こして間違える。。という体験は、分かったつもりから、解った。。に進化、成長させる過程として、とても大切なプロセスです。。
地に足を着けていくのです。
20代の頃、親友の本間くんが結婚して、嫁さんと3人で食事をしたことがあります。。
奥さんは、子供が生まれた時の教育論として、出来るだけ間違わないように、失敗しないような人生を歩ませる。。
慎重に、保守的に生きさせる。
道を外させない様に、良い子の枠から外れない様に教育するんだ。。
それがいいんだという考えの様でした。。
僕が、言ったんです。
「子供は間違える事が、特権みたいなもの。。例えば、自転車で転んでも、体重が軽いから大きな怪我もしないでしょう!子供は失敗しても、大怪我しないんです。。そしてすぐその失敗を糧にして、切り替えてまた自転車に乗るチャレンジをする。。
結婚して家庭を持ってからでは、失敗もできない。。チャレンジもできない。。
子供時代、独身時代は、失敗を通じて成長させた方が、人間に幅が出るし、よく解ってる大人になれる、急がば回れです。。ある程度道を外して、例えば不良になったとしても、それを待って眺めてやるような事が大事なんだろうと思うんです、道を外れる事も知っていないと、道に沿ってる事も解らないから。。」
すると本間君が嫁さんに対して「ほら〜川村も同じこと言ってるやん。。俺も同じ考えなんだよ〜。俺もそうやって言ってるんだけど、そうじゃないって言うんだよ!」
と、本間君も、同様の考えを持っていた様です。
やってみなくちゃ解らない。。
それは、自分が知っただけ、あるいは分かったつもりだけ。。である事に気づくには、やってみてできないという体験、間違い体験という過程が必須だという事です。
そこに気づく事が1番の成長です。
だから仏教では、経典を読む事よりも、行(ぎょう)が大事だというのです。
肉体を持つ。。という事は、間違い体験ができる。。という特権があるのです。。
行う事で、できない事を知る。。イコールできる事も知るのですから。
自転車で転んだ回数だけ、乗れる。。も解るのです。
20代で、整体の先生の研修生となり、卒業となり、一緒に勉強した同僚達に、師匠が質問したのです。
「さあ、これで卒業だが、皆は今、どんな気持ちだ!」
ある人は、もう終わってしまうんだなあ。。寂しいです。。
ある人は、良い勉強ができました。。ありがとうございます。
ある人は、師匠との縁に感謝です。。
僕はこう言ったんです。
「いよいよ実践が始まるなあ。。準備完了という心境です」
師匠は言いました。
「川村が正解なんだよ。。これからが大変だぞ!。。自分の弱さを見せつけられる様な出来事がたくさん起こる。。そこに向き合って、自分を磨いていくんだ。そして、必ず、教える立場になって、教える。。という過程も踏む様に。。教える事ができて初めて解ってる。。という証明になる。。教えられない奴は、解ってないから教えられないんだ。伝えられないんだ。」