今日も、来店されたお客さんが、「先生は、いろんな経験されてるから、話が多岐にわたっておもしろい。。」
これは、いろんなお客さんに言って頂けています。
しかし、僕は、経験豊富ではないです。。
気づき経験が豊富なのです。。
一つの出来事から、気づける事が多い、、という事です。。
例えば、東京で、二十代の時、エイブルという不動産屋に勤めた事があります。。
たしかに転職の回数は多いでしょう!でも、これは褒められた事じゃなくて、僕の中ではむしろ恥ずかしい事です。
入社したての時、店長から、研修目的で、今、空室の物件を、何件か見てこい。。
と、物件の地図と、鍵を貰い、出かけました。。
そして、物件を、全て見終わると、急いで店に戻りました。。
店長は、「どうだった?今からどれだけ見てきたか、聞くから答えて!」
「まるまる。。という物件、エアコン付いてた?何年式だった? 下駄箱どれくらい入る?
キッチンコンロ、一口だった?二口だった? 物干し場は、南だった? 太陽を遮るものあった? コンセント何個あった?
大型冷蔵庫おけるスペースあった?」
何も答えられなかったのです。。
物件を借りに来るお客さんの立場に全く立てないから、お客さんが何に気になるのかについて盲目なのです、。
でも、店長が見てこいと言われた、物件には、全て漏れなく行ってきました。。短時間で回れた。その事で満足してしまっていたのです。。褒めてもらえると。。
私達の人生にも、似た事が言えるでしょう。。
いろんな経験をしようと、自ら、いろんな事をやってみる。。
学生の海外留学もそうですね。。僕は、箔付けの海外留学が嫌いです。
経験をすれば、何かを学べているだろう、。と、思い込んでいるだけで、実際は、経験の中で、気付くべき事を、殆ど見落としているのです。。
それは、経験をしただけで、気づいてはいないのです。。
気づくには、気づける土台がいるのです。それを作るのが先です。
猛烈なバイタリティがある人は、いろんな事にチャレンジして、経験豊富ではあるが、経験の為の経験になりがちで、実際、人間的成長が、あまり見られない人。。いるでしょう?
でも、家にこもって、引きこもっていた人の方が、いろんな事に気づき、大人になってたりする。。家の中でも悟れるのです。
中学生の頃、勉強もできて、イケメンの友人がいて、受験前に運悪くか、運良くか、白血病で、一年入院。。
一年遅れで、高校受験です。。
東岡崎駅で、久しぶりに彼にばったり会い、同級生と思えないぐらい落ち着いて、大人になっていて、びっくり。。
自分がとても子供に見えて、恥ずかしかった事を思い出します。。
同様に、今度は僕が、ノイローゼとなり、3年間を、過ごしました。。
卒業して、大学生となり、東岡崎や、豊田駅で、中学生まで一緒だった友人に出くわすと、
僕の代わり様に皆驚き‼️、評判になりました。。
「川村が別人になってる。。昔の様な明るいひょうきん者感はなくなり、落ち着いて貫禄がある感じだった。。むしろちょっと怖い。。同人物と思えない。。」
と、言われました。。
気づきというのは、自分ではどうしようもない逆境の中でこそ、受け入れるほか道がない様な状況でこそ、受け入れた分だけ、気づきが生まれるのです。。
得よう得ようと、先走るのではなくて、待つ事も大事です。。足元を見てみよう。。
一歩歩みを止めて、足元見てみよう、。丸虫踏んでるよ?
バイタリティ溢れる子が、積極的に、何かを得よう得ようと、いろんな経験をしてみた所で、
自分は、経験豊富だという満足感と優越感が、増すだけで、謙虚さ、素直さが薄れる。。
その事で、受け入れる事をしなくなる分、本当の気づきもないのです。。
受け入れるとは謙虚さです。
ですから、自分を変えようと、得よう得ようと経験をしようとするより、今、目の前にある事に真摯に向き合い、謙虚に人事を尽くす中で、逆境とぶつかり、その時が気づく時です。。
その時に、逆境に立ち向かうのではなく、一度受け入れてみる、。
それによって、今までの古い硬直した自分をリセット、脱力させる事ができて、集中し直す事ができる。。受け入れるとは、呼吸の間です。。
呼吸は、間があるから呼吸なのです。。
それは、本来の自分を、取り戻す事でもある。。自分を明らかにするのです。。
本当の明らめる、、とは、こういう事で、人生に必要な事です。。
人事を尽くして天命を待つ。。という言葉がありますが、真実は、天命を信じて人事を尽くす、。これなんです。。
与えられた今日を信じて、人事を尽くす。。
目標の為の今日ではないのです。
今日は今日です。。今日を生きるから、明日が開くのです。
それの繰り返しが、継続は力なりです。。