心が風邪をひいたなら

川村整体ブログ 

働くとは、傍(ハタ)を楽にする事。。

人は何故働くのでしょうか? 働かなくてはいけないのでしょうか?

そんな事を思った事がありませんか?

働かない者食うべからず。。なんて言葉で脅迫されて、しょうがないから就職して働いている。。

でも、働かないでお金が入ってくるなら、それが一番自由で、好きな生き方ができる幸福ではないのか?

そう考える人がいる訳です。

株投資で、儲けて、配当金生活。。。株投資だけで、1億円貯めて、仕事を辞める事を目標としてる人達がいます。。。仕事を辞めて、株だけで生きられる事を、FIRE。。。と言うらしい。。

しかし、実際、🔥FIREを実現できた人の、YouTubeを見ると、実際は、幸福ではなかった。。人は社会との繋がりの中に、幸福を感じる生き物であった。。

と。。

不労所得が幸福だと考える、マルチ商法も同様です。。

一生働かないで自由に暮らせる。。それが成功?幸福?富?

マルチ商法をやってる人が、幸福に見えるでしょうか?

宗教の勧誘をしてる人も、幸福には見えません。。

それは、自分の欲望の為に、他人を利用している行為だからです。。

 

自分の欲望の達成に、あなた協力してくれませんか?。。という勧誘を続けているのです。

それに気づいていない人が、やり続けているのです。

 

自分達の思想に賛同しない者との関係を断ち、敵視し、仲間うちだけで、褒め合い、讃えあい、そして慰め合い、孤独である事を認めさせない。。毒善的で閉鎖的で排他的。

これは、傍を楽にしていない。。まさに働いていないのです。。

 

働くという事は、肉体を維持する為、裕福な生活をする為、やりたくないが、やらざる負えないもの。。そう考える人が多いのでしょう。

しかし、仏教では、働く事。とは、傍(ハタ)を楽にする事。。

働く事そのものが幸福なのです。

つまり、まわりを楽にする事が、働く事だと言います。。

そこに魂の真の喜びがあるのです。

楽にするとは、心の囚われを取ると言う事、。

仏教では、抜苦与楽(バックヨラク)と言います、。

苦しさを抜いて楽を与える。。これは悟りを与えると言う事。

肉体的に楽させる事ではありません。

 

お金の対価がある無しの前に。。自分がしたくてした事が、得意分野で、自分を楽にし、周りを楽にし、世間を楽にする。。

この行動を働くというのです。

昔の紀州商人の間では、仏教思想からヒントを得たスローガン。。

三方よし。。と言う言葉がありました。。

三方よしとは、売り手よし、買い手よし、世間よし。。という事です。。

 

つまり、仏教でいう自利利他なのです。。

自分の幸福は、そのまま周りの人の幸福であり、地球🌏の幸福である。。

地球の🌏幸福は、周りの人の幸福であり、自分の幸福である。。と。

 

働くとは、労働対価を貰う手段ではありません。。

例えば、職場のゴミを拾う人は、仕事ができる人。。

という話があります。。

 

何故、職場でゴミ🗑️を拾う人は、仕事ができる人なのでしょうか?

それは、傍を楽にする行為を、自然としている。。ひとりでにでにできている人だから。。

正しく働いている人だからです。。

自利利他。。三方よしができている人だから。。

細かく見てみよう。

 

1 誰かに見られているか、評価されるかだけで行動しない。。。

周りに誰もいないときに、床に落ちているゴミを拾うのは、「誰かに褒めてもらいたいから」「上の人に評価されるから」ではありません。

他人が見ているときはしっかり仕事したり、目立つ仕事にだけ一生懸命になったり。

それよりも、どんな小さな仕事でも、誰からも評価されなくても、責任を持って仕事をすること。

日々のそんな積み重ねが結果的には、人からの信頼を得ることにつながるのではないでしょうか。

本当の信頼とは、狙って得るものではなく、自然と得られるものです。

その信頼こそ、揺るがない信頼です。

 

2.他の人たちのことを考えられる

デスク周りやロッカーなど、自分が使うところは綺麗にしていたいけれど、他のところはどうでもいい。

例えば、職場の通路に落ちているゴミなんて、自分が歩くときに邪魔にならなければ、気づかないふりをすることだって、できるでしょう。

ゴミの分別も同じで、「自分ひとりぐらい適当でもいいだろう」「きっと誰かが対応してくれるだろう」など、思っていませんか。

自分だけでなく、周りの人も快適に職場で過ごせるようにすること。

周りに対する気遣いは、仕事の面でも発揮されるものです。

「あの人は今、こんなことで困っているようだ」
「こうした方がスムーズに仕事を進められるだろう」

他人に対する想像力がある人は、仕事ができる人でもあります。

 

3.細かなことに気がつく

仕事ができる人は、丁寧な仕事をする人が多い印象がありませんか?細部の抜け漏れやミスがないか、きちんと目を通しているのです。

反対に、「どうしてここが間違っていることに気がつけないのだろか……」という人も中にはいます。

雑なやっつけ仕事をする人に仕事を頼むのは不安ですよね? 

二度手間になりますから。。

そうなると、取引先や、上司は、この人の仕事はミスがあるに違いないと、新しい仕事をお願いするのをためらってしまうこともあるでしょう。

ゴミ拾いも同じこと。目の前にゴミが落ちているのにかかわらず、通り過ぎるあなたを見て、「どうしてそこにゴミが落ちていることに気がつかないだろうか……仕事も雑なのかな」と思われているかもしれませんよ!

普段の姿勢を人は見ています。

その姿を通して、仕事を頼んでいい人かどうかを判断しています。

 

当たり前のことを当たり前にする

ゴミを拾って、ゴミ箱に入れるなんて、そんなの当たり前のことだという人もいるでしょう。

しかし、自己中心的な人や、損得勘定で動く人は、人が見ているかそうでないか、評価されるかされないか、によって対応を変えます。これはゴミ拾いだけでなく、挨拶もそうでしょう。

ゴミを拾うという行為を通して、綺麗好き以上の性格が見えます。

ちゃんと傍を楽にする事ができる人なのか?が見えます。。

それができる事が、真の幸福であり、働く事なのです。

 

先日も、朝☀️、犬の🐕散歩をしながら、可燃ゴミ袋を持ち、道のゴミを🗑️拾いながら歩く人を見ました。。

僕は嬉しくて。。「ありがとうございます😭」と、言ってしまいました。。

この人は仕事もできる人でしょう。。きっと。

この人は、人に評価されたくてゴミを拾っているのでは無いのです。。

ゴミを拾って、道を綺麗にしたいから拾っているのですし、道が綺麗な方が気持ちいいですでしょ皆さん。。と、見たこともない、その道を歩くであろう人の事も考えているのです。

ゴミを拾っている人こそ、幸福そうに見える。。

傍を楽にする仕事ができてることこそ、真の幸福なのです。

 

当たり前のことを当たり前に。仕事ができる人は、この部分をきちんと押さえている人なのです。