心が風邪をひいたなら

川村整体ブログ 

予期せぬ戦い、運命の仕組み

さあ。。今まで何度も、運命とは、決まっているが、知る事のできない台本だと言いました。。

では何故、知る事ができない様になっているのでしょうか?

自分の運命、将来は決まっているのに知る事ができない。。。また、自分の過去世も知る事ができない。。

それには理由があるのです。。

運命とは、因果応報の法則だと言われます。。

 

良い事をすれば良い事が現れ、悪いことをすれば悪い事が現れる。。

それが飴とムチの運命であると。。

それは、実は表面上の因果応報の法則であって、もっと奥深い因果応報の法則は、不因不果の法則と言い、人間の頭脳智では、分からない世界なんです。。

例えば、何故、自分が、今の両親の元に誕生したのか? 誰が説明できますか?

説明できないが、宇宙の法則内では理由があって、今の両親の元に産まれているのです。

 

良い親であっても、借金まみれな親であっても、その親の元に産まれる事が、一番心の修行になるから、そうなっている。。

台本です。

 

奥深い因果応報の法則。。不因不果の法則。。原因と結果の関連性が、人間智では分からない

法則。。それが運命なのです。。

 

だから、考えても分からない因果関係しては、その因果関係を紐解く必要もないんです。

ならどうすれば?

決まっているが知ることができない運命。。

それは考えても因果関係がハッキリしない運命である。。

しかし、見えない力。。他力の法則によって、法則通りに、組まれた運命であるならば、それを受け入れて受け止めて生きていけば良いだけなんです。

深読みする必要なし。。

 

決まっているが知る事ができない運命とは。。

準備できない、根回しできない、予期せぬ出来事が突然起きる修行なんです。

 

例えば、昔の剣術。。。

写真は、今武蔵と言われた、國井さんの写真です。。

 

剣術とは、まさに、突然斬りつけてくる刺客。。予期せぬ刺客に、どう対処するか?

と言う武術です。。

 

今のスポーツ格闘技、競技格闘技とは全く違うんです。。

格闘技は、相手をビデオで研究して、作戦を立てられる。。準備ができる。。根回しができるんです。。

 

しかし、昔の様に、いきなり影から刺客が斬りつけてくる。。予期せぬ出来事に対して、対処して、斬られない為には、無心の動きが出る以外間に合わないんです。。

僕も、二十代で整体修行に入った時、その先生は武術🥋の先生でもあり、武術も強制的に習わされた。。

その時、先生は言うんです。。「準備運動はするな。。。ライオンが🦁準備運動するか?」

 

つまり、準備運動してからじゃないと動かない意識的な筋肉を動かしたって、予期せぬ刺客が斬りつけてきた時、「待って。。準備運動するから!」

なんて言えない。。斬られて死んでしまう。。

 

つまり、準備運動なしで、なんなら寝ている時に斬りつけられても、対処できる動き。。

それは無心の動きしかないという事です、。

 

だから、この師匠の元、武術の練習は、準備運動なしで、いきなり始まるのです。

すると。。不思議な事に、準備運動なしでも、動く筋肉がある事に気づいていくんです。。

 

これが無心の呼吸、無心の動きなんだな。。

そうか、先生が整体と同時に、武術を強制的に習わせた理由。。

それは、整体とは、無心体であり、無心で動ける身体のことなんだ。。という事を気づかせる為だったんだ。。

無心が一番出やすいのが予期せぬ出来事。。

突然現れた、不都合な出来事。。それに即対応しなければならない時、必然的に、無心が顔を出すんです。。

 

だから運命は決まっているが知ることができない仕組みなのです。

予期せぬ出来事が、突然起きる事。。準備も根回しも出来ない、。予想を立てる事もできない。。

背水の陣です。。そんな追い込まれた状況でこそ、無心の心、呼吸、動きが出てくる。。

 

去年、親父が突然死んだ事も、予期せぬ、予想出来なかった出来事です。

あと一年の寿命だと、医者は言いました。。

あれは医療ミスで突然死んだんです。。

しかしそれも決まっていた事です。。親父は寿命で死んだのです。

 

死んでからの半年は、予期せぬ出来事での対処で、無心が出ましたね。。

もう50代の俺ですが、20代の頃の様な、頭の冴えがありました。。

今、振り返ると。。よくあれだけの事、仕事を休む事もなくこなせたなあ。。

すごい鍛冶場の馬鹿力だったなあ。。と。。

そして、予期せぬ出来事で対処する中で、いろんな心の体験をして、成長できたと思います。。

 

こんな事で、予期せぬ出来事こそ、心を成長させる。。

この法則の中で生きているんです。。

 

なのに、霊能力で、見える系の霊能者、占い師が、イタズラに、その人の将来を当てたり、教えたりする行為は、予期せぬ体験を奪ってしまう事になるんです。

そんなことも解らないレベルの人達が、人の運命を教えてしまうんです。

 

何が起きるか知ってしまったら、修行にならないんです。。

どっちが勝つか?あらかじめ知ってるプロ野球日本シリーズを見たいですか?

 

誰が犯人か?知ってるミステリードラマみたいですか?

決まっているがわからないから、ドキドキ興奮したり、落胆したり、怒ったり、喜んだり、心が動くんです。。

そして、人間の体の動き同様。。

 

自分の魂にとって、爽快な心の動きと、不快な心の動きを、区別し、不快な心、執着心を捨てる事ができるのです。

心を篩(ふるい)にかけるのです。。

 

土と、石を分けるのに、篩(ふるい)にかけて振るでしょ?

動かさなきゃ選別できない。。

 

一番心を動かせるのが、予期せぬ出来事への対処です。

だから、本当の覚者とは、人の運命が見えていても、イタズラに教えたりしないんです。

その人の修行の邪魔になると思うからです。

教えずに、静かに魂に光を当てて浄化している。。

それが真の覚者の姿。。

 

当て物霊能者など、低級霊に支配されて、利用されている輩なんです。

当て物をする人には、近づかない事。。