最近、鬱気味のお客さんが増えている。。
こういう時代では、仕方ないですね。。
鬱とは、なんであるかというと、整体的に言えば、行き詰まりであり、もっと深い見方をすれば、息が詰まっているのです。
人間の肉眼、大脳は、肉体次元の世界を目で認識して、それを静止画で捉えてしまう癖があります。
しかし、全てのものは、静止画ではなく、動画なのです。
仏教で言う、諸行無常です。。
常に動いている。動きながら変化している途中の姿です。。
常に代謝して、変化しながら、螺旋階段のように進化しているのです。
例えば、当院で施術中、痛がりの人は、ちょっと痛いと、息を吸って詰めて、痛みに対応しようとします。。
そんな時、僕はいつも、「痛い時は、息を吐いて。。」
と言います。。
息を詰めてしまうということは、自分に降りかかり出来事を、いい事、悪い事に分けて、自分に悪い出来事が起きそうな時、または起きてしまった時に、それを悪い結果が出た。。と、認識して、息を吸って詰めてしまう、。防御してしまうんです。。
でも、この痛みがあるから、その後、治っていく途中の、必要な痛みです。。ありがたい痛みです。
だから冗談で、僕が、痛い時は、痛サンキューと言え。と言うのです。
そういう認識があれば、息を詰めて防御しようとしない。。
つまり、行き詰まらないのです。
これは、人生も同じです。
今、自分に起きている事は、螺旋階段の途中のどこかです。
ならば、息を詰めずに、呼吸を続ける事。。歩き続ける事、。
息を吐く事です。。
そうすれば、時間と共に、螺旋階段は、日陰から日向へと移っていく。。
それを繰り返していくと、人生は、日向、日陰と、交互に自分に降りかかってくるように仕組まれている。。それに気づく。
その中で、日向で有頂天になったり、日陰で落胆して息を詰めて行き詰まる事が、間違いだと気づいていく。。
日向も日陰も、同じであると。分けるから間違うんだと。。
太陽の光も、月の光も、どちらも、自分を照らしてくれている、生かしてくれている法則、光です。どっちが良い、悪いじゃないんです。
どちらもありがたい。。
ならば、自分の思い通りでない状態、日陰が嫌だ、夜が嫌だと、息を詰めて抵抗するのでのではなく、そんな時こそ、息を吐いて、呼吸を続けるのです。。
そうすれば、一喜一憂しない不動心が出てきます。。
螺旋階段を、登り続ける事こそ、楽しいんだ、。幸福なんだと解る。
登り続けるだけで、いろんな体験、気づきが用意されていて、確実に悟りに誘導されているのです。
ジャングルクルーズですよ!
ディズニーランドのジャングルクルーズ。。
船が走り続けるから、楽しい。。動き続ければ怖くない。。楽しみに変わるんです。
そうすれば、行き詰まりは、自動的に解消するのです。
これを無意識にやっているのが、大声で怒鳴り散らす。。
これも、息を吐いて、息詰まりを解除しようとしているのです。
ため息をつくのもそうだし、あくびをするのもそう。。
行き詰まった時、散歩に行きたくなるのも、歩く時は、必ず、呼吸器をするし、深くなるからです。
マスクをしてると、息を吐きにくいですよね。。歩きにも行きにくい。。大声も出せない。。
行動も制限される。
これが、息を詰める。。行き詰まりという鬱状態を創るんです。
だから、自分が鬱っぽいなあ。。と感じてる人こそ、行き詰まり、息詰まりを解除して、呼吸を動かし、呼吸を動かすという事は、時間を動かすという事。。
時間が動き出せば、時間が解決する法則の螺旋階段を登り続ける道に乗れます。
身体を動かし、汗をかいて、息を吐いて、つまり、歩きに行ってください。。
一人カラオケもお勧めです。。
僕が、鬱には空手がいい。。という理由も同じです。
当院にくる、鬱気味のお客さんに必ず言います。
「今は、心を治そうと、考えなくていい。。身体を元気にする事に集中する事。。それなら、誰でもできるでしょ? 鬱は息詰まりなんです、。行き詰まった身体が、鬱を創っているんです。ならば、息詰まりの無い身体にすれば、あとは、勝手に停滞していた思考が動き出し、勝手に答えが出て、解決してきます、。」
と言います。
息詰まった状態で、いくら考えても、答えは出ません。。
同じ所をグルグル回るだけです。
行き詰まったら歩きにいく事。。
歩き続ける事。。
螺旋階段を登り続ける事。。
呼吸を止めない事です。。
呼吸が、止まらなければ、時間が止まらない。。
時間が止まらなければ、思考は止まらない。。
つまり、進化し続けるのです。
辛い時こそ、歩きに行きましょう。。
考え込むより、歩きに行った方が、答えは出ます。。
これは保証します。